フランチェスコの指揮する「椿姫」

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

アジリタ唱法
 「椿姫」の合唱なんて、もう何度もやっているから5回の練習でさえ多すぎるくらいでは?なんて思うプロの人がいるだろうが、僕は今回、少し新しい試みをしてみた。まあ、新国立劇場合唱団員にしてみると、全く新しいことではないのだけれど・・・・。

 昨年6月、京都ヴェルディ協会で「ベルカントオペラと初期のヴェルディ」という演題の講演を行った。その際に「ナブッコ」などの初期のヴェルディの作風を、ロッシーニやベッリーニ、ドニゼッティなどのベルカントオペラの作曲法と比較しながら、タイトル通り、ベルカントオペラのどの要素が、具体的にどのように初期のヴェルディに影響を与えたかについて語った。
 その準備をしている間に、僕は、たとえば「椿姫」や「リゴレット」などにおいても、我々が予想していた以上にベルカントオペラとのつながりが深いことに気が付き、それを今回の「椿姫」の練習にも生かしてみようと思った。

 一番大切なことは歌唱方法である。僕は細かい音符の処理において、ロッシーニなどのアジリタ唱法(コロラトゥーラ唱法)を使って歌わせることを徹底させた。つまりレガートではなく転がすように歌わせるやり方であって、分かりやすく言えば、アーアーア―とならないで、アハハハハという感じだ。
よく、
「コロラトゥーラを歌うのにHで区切ってはいけません」
という人がいる。もちろん最終的にはH(ハ)ではなく喉で無駄なく転がすのが理想だが、そこに到達するために、最初からHはダメなんて言っていたら、永久に実現できないのだ。
 むしろ僕は合唱団員(特に新人)に向かって、
「最初はバリバリHを使ってもいいから、とにかく音を区切るように。それができたら、なるべく息漏れの割合を少なくしていって、能率的に転がるアジリタ唱法を目指してください」
と指導している。

フランチェスコとの出遭い
 5月2日木曜日。「椿姫」立ち稽古初日。指揮者のフランチェスコ・ランツィロッタが来た。
「どこから来たんですか?」
と僕が出し抜けに訊くと、
「ローマ。生まれた時からずっとローマ。今でもローマに住んでいる」
という。
「ローマが好きなんですね」
「ローマ以外、考えられない」
あはは・・・面白い奴だなあ。
「実はね、僕もフランチェスコです」
「えっ?なんで?」
「洗礼名がアッシジの聖フランチェスコです」
「へえ、そうなんだ」
「普段はヒロって呼んでね。あ、Tuで呼んでいい?」
「勿論」
「この夏、合唱団を引き連れてアッシジに行って、聖フランチェスコ聖堂で、僕の作曲した曲だけで演奏会をやるんだよ」
「ほう、君も作曲するのかい。僕も作曲するんだよ」
それからしばらく作曲の話。
「無調?」
「無調は好きじゃない。特に12音音楽は。それに時々はロックのような音楽になるよ」
「僕もそう。ジャズに近づいたりラテン音楽になったりもする」

 こんな風に、僕はマエストロが来ると、まず仲良くなろうとする。それから言いたい事を言うし、向こうもそう。この関係を構築できなければ、最良の連係プレイはできないじゃないか。普通の日本人はこうした努力をしない。それが僕には考えられない。
 一度でも外国の劇場で働いてご覧よ。
「ハイ好きな風にやってください」
とサイを預けるのは一見良さそうに見えるが、それはただの逃げにしか過ぎないし、こっちに何もこだわりがないと思わせると、相手は悪気はないんだけど馬鹿にし始める。
 思い入れがあって作った合唱ならば、その思い入れを相手がマエストロだろうがぶつけてみなければ何も始まらないというが僕の主義だ。勿論最初から喧嘩を吹きかけろなんて言ってない。互いにリスペクトを持ちながら良いものを作り上げていける一期一会の関係が大事なのだと言いたいのだ。

 今日の前半は合唱団だけの立ち稽古。再演演出の澤田康子さんがテキパキと動きを付けると、
「では音楽を付けて1回やってみましょう!」
と言い、マエストロが振り始める。
 一度通して立ち稽古の付いた個所を演奏し終わると、フランチェスコは即座に、
「驚いたな。ヨーロッパのたいていの劇場の合唱団よりずっと良い。何より、アーティキュレーションが素晴らしい」
と感嘆の表情を浮かべながら僕に握手を求めてきた。
「ありがとう!」
アーティキュレーションとは音符をつないだり切ったりする処理のこと。彼が即座に気付いたのが、僕が合唱団に徹底させたアジリタ唱法のことだ。指揮者によっては部分的に、
「ここはレガートの方が良い」
と言う可能性もあったが、彼は「椿姫」という前期の作品を、僕と同じようにベルカント・オペラから受け継いだものと捉えているのだ。

 もしかしたら、皆さんは、20年以上も長く新国立劇場を率いている僕は、もう新たに戦ったりはしないだろうと思っているかも知れないが、逆に僕は今でも試行錯誤を繰り返し、小さな挑戦を行っているのだ。
 また、先日も関西で「トリスタンとイゾルデ」の講演を行ったし、京都ヴェルディ協会だけでなく、今年の8月2日金曜日には、東京のヴェルディ協会で「ヴェルディのオペラにおける合唱の魅力」というタイトルの講演も行う。これらの準備段階において、資料を集めたり、様々な演奏を自分の耳で聴いたりしながら、現在でも様々な発見を行い、新たな見解に至ると、それを新国立劇場合唱団で試みたりしている。

 次の日はマエストロが並行してソリストの音楽稽古を付けていたので、立ち稽古の合間に覗きに行ったが、素晴らしい稽古をつけていた。第2幕後半で、アルフレードは賭けに勝った札束をヴィオレッタに投げつける、それを非難する群衆。その直後に父親ジェルモンが登場する。
ジェルモンは吐き捨てるようにつぶやく。

Di sprezzo degno  軽蔑に値すること
se stesso rende  それを自分自身にもたらすのだ
Chi pur nell'ira  たとえ怒りの中にあっても
la donna offende.  女性を侮辱する者は

 この一語一語の間には管弦楽が簡単な伴奏を奏で、ジェルモンには休符がある。それをジェルモン役のグスターヴォ・カスティーリョは惚れ惚れするような美声で歌うが、楽譜的に正しくインテンポで歌っている。するとフランチェスコは止めて言う。
「良い声なんだけど、ちょっと大きすぎる。もっと怒りに震えて声を殺して。それにインテンポ過ぎるな。少し毎回間を開けてみて」
 でも、どうしてもカスティーリョは待ちきれない。するとフランチェスコは、
「これはね、tempo theatrale(劇場的時間~劇場的空間?)なんだ。もっと勇気を持って大胆に、止まっちゃうことを恐れず」
と何度も言う。やっと相応しい間と音色が出てきた。やっぱり指揮者フランチェスコは素晴らしい。音楽とドラマの両方に精通している。

 さて、これまで合唱団とソリストは別々に立ち稽古をしていたが、今日(5月6日月曜日)の午後からそれが合体する。これからこの「椿姫」がどうなっていくのか楽しみ。また報告しますね。

では、行ってきまーす!
 

譜面ばかり作っている「今日この頃」
 アッシジ祝祭合唱団の演奏旅行のために、これまで僕が作曲した音楽を全面的に編曲し直した。特にMissa pro Pace(平和のためのミサ曲)においては、東大OB合唱団アカデミカコール初演時のオリジナル編成は、弦楽5部とピアノに加えて、アルトサックスとコンガが加わっていたが、どう考えてもアッシジ聖フランシスコ聖堂での演奏には相応しくないので、ソロ楽器としてのアルトサックスをフルートとクラリネットに分けたり重ねたりしたし、コンガは外した。
 アッシジ演奏旅行の為に新しく書き下ろしたCantico delle Creature(被造物の賛歌)は別として、他の曲も同様に、原曲の編成をアッシジ用に全て書き換えて統一感を図ったのである。

 それらのオーケストレーションを3月から4月半ばにかけて行っていたので、結構忙しかったわけだが、その前に、アッシジ祝祭合唱団では、国内での演奏会を行うことが決まっていた。
 国内演奏会の元の動機としては、
「団員の家族や、近親者、友人といえども、これらの曲の演奏は、アッシジに行かなければ決して聴くことができない」
ということから、
「国内での演奏の機会を作らなければ」
という理由で始まったが、それよりも、現地のアッシジでは、現在、聖フランシスコ(1226年没)の没後800年にあたる2026年に向かって、昨年から1年毎にテーマを決めて盛大にお祝いしている最中なので、我々の動機よりもむしろフランシスコ会日本管区の協賛を得て、フランシスコ修道会の管轄であるカトリック田園調布教会にて行うことになったのだ。

 本当は、国内演奏会をアッシジ用の楽器編成で行えれば理想なんだが、現実問題として、ただでさえ円安の折、旅行参加者の団員達に、これ以上金銭的な負担を強いることは難しいので、演奏には、ピアノの他に様々な音色が出るエレクトーンを用いることとした。
「なんだ電子オルガンか!」
などと馬鹿にする事なかれ。長谷川幹人さんという、我が国でもトップレベルのエレクトーン奏者を採用したので、長女志保が弾くピアノと相まって、アッシジさながらのサウンドが聴かれることを保証します。
 問題はね、そのための特別な編曲をしなければならなくなったこと。最初は、ピアノ譜にエレクトーンを重ねるだけで済まそうと思ったが、いやいや、やっぱりそれでは不誠実だ。ということで、ここのところ、国内演奏会用スコアとパート譜作成に追われていた。

 実は、その長谷川さんには、同じ6月の後半に、群馬県高崎市の新町歌劇団で僕のミュージカル「ナディーヌ」の演奏もしてもらうことになっている。5月4日土曜日と5日日曜日は、本番会場である新町文化ホールでの集中練習で、5日には、長谷川さんが「ナディーヌ」の練習に参加してくれるので、彼に会うまでに国内演奏会のエレクトーン譜を完全に仕上げて渡そうと思っていた。
 それで空いている時間を全部編曲に宛てていたのだが、結局仕上がりそうにないことが分かった。それで、途中で一度KyrieとGloriaだけ郵送し、それから昨日(5日)にCredoの全4曲を渡した。
 あとはもうそんなに長くない。SanctusとAgnus Deiとアンコール用の「主の祈りPater Noster」で終わりなんだけど、それだけじゃなくて、今年の上半期はまだまだ忙しい日々が続くのだ。先ほど書いたように、実際のアッシジ演奏会用のスコアは出来上がっているのだが、パート譜のチェックとレイアウトを全ての曲で行って、そろそろ旅行社に提出しなければならない。
 
 さらに、9月には、名古屋のモーツァルト200合唱団で、ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲と共にMissa pro Paceのフル・オーケストラ版を演奏する。それは2020年に演奏されるはずだったが、コロナで中止になり、僕もその時点でスコア作成を放り出してしまった。8割くらい出来ているが、これを完成させて、パート譜も作ってセントラル愛知交響楽団に6月末までに送らないといけない・・・・あはははは・・・もう笑っちゃうしかありませんなあ・・・・。

僕の活動の原点~新町文化ホール
 すでに触れたように、5月4日土曜日と5日日曜日は、6月22日土曜日及び23日日曜日の本番会場となる新町文化ホールにて、自作ミュージカル「ナディーヌ」の集中稽古が行われた。特に1日目の5月4日には、メインキャストが全員東京から来て、新町歌劇団の団員達と混じって、熱い練習が繰り広げられた。

 タイトルロールの込山由貴子さん、ピエール役の山本萌(はじめ)君の若いカップルが初々しい魅力を醸し出している一方で、ベテラン達、すなわちドクター・タンタン役の初谷敬史(はつがいたかし)君、ナディーヌの召使いオリー役の大森いちえいさん、地の精グノームの首領ニングルマーチ役の秋本健さんの3人は・・・いやあ・・・みんなキャラが濃くって・・・なんて変・・・あっ、違った・・・ええと・・・見ているだけで笑いが止まらない。
 合唱団だけで練習してきた末にこれらのメイン・キャスト達が加わると、それに触発されて、やっぱりある種の化学変化が起きるんだよね。合唱団員達のテンションが一気に上がった。ソリスト達も、本番の舞台で演じ、合唱団員達が後ろで見ているのを感じることによって、これまでにないものが彼らひとりひとりからどんどん滲み出てくる。こういうのがたまんないんだ。 

 プロの現場にいると、レベルはもの凄く高いんだけれど、それぞれがもうある意味出来上がっているだろう。化学変化も起きるんだけど、根本から変わる事ってあまりないんだ。それがね・・・たとえば地の精グノーム達を演じる子ども達なんか、楽しくて目がキラキラ輝いて、
「あたしはこの為に生まれてきたんだ!」
みたいなとっても良い顔をする。それを見るのが本当にしあわせなんだ。

 新町歌劇団は、最近は「おにころ」で、群馬音楽センターや高崎芸術劇場など、大きな劇場で活動していたので、本来の根拠地であった新町文化ホールでの公演は本当に久し振り。その間に館の職員達が完全に入れ替わっていて、どういう対応をしてくれるのだろうかちょっと心配だった。
 でも、このホールでの2日間の練習を見ていて、彼らも思う事あったのかも知れないが、音響や照明などに関する打ち合わせでも皆さんとっても協力的で、実に有り難いと思った。

 思えば、80年代半ばに、ベルリン留学から帰って来た僕は、東京での音楽活動を求めて国立に引っ越していったが、そのままでいると新町の実家には盆と正月しか戻らないことになってしまうだろうから、親元とのつながりを断ち切らないために新町公民館合唱団を作った。それがこの文化ホールの建設とそのこけら落としの機会に合わせて1991年にミュージカル「おにころ」を作曲、上演し、その際に名前を新町歌劇団とあらためて今日に至っている。

 でもこの2日間であらためて思った。そんな実質的な意図で新町での活動開始したけれど、実は、この歌劇団と文化ホールこそ、僕の全ての創造活動の原点であったのだと。

2024. 5.6



Cafe MDR HOME


© HIROFUMI MISAWA